異星人と交信した結果、撃沈。。。。。。。。。。。。。。。。。。

※登場するクズ太郎は  『元カレ』ではありません。  ただのキチガイストーカー妄想虚言変出者です。

『(都合の悪いことは記憶にない、していないと言い張り、都合の良いことは自分の手柄)って、クズ太郎は痴ほう症なの?』と聞かれたこと。。。

 

 

『年寄りの介護をしていると疲れるのが、

 とにかく、

 自分がした悪いことは一切記憶していないのに、

 こちらの不手際はしっかり記憶している。

 

 そして、いつまでもネチネチ言ってくる。

 

 (それを言うならあなたも。。。)

 と言うと、

 (記憶にない)、

 (そんなことはしてない)、

 (そう言わせたあなたが悪い)

 等と言い訳をして

 一切反省しないし、謝りもしない。

 

 (もう疲れた)とこちらが言えば、

 (こっちだって疲れてるよ!)

 と怒鳴りまくる。

 

 

 

 

 

 距離を置きたくて、

 介護ヘルパーに託すと、

 (やっぱり、あなたに世話をしてほしい)

 と結局泣きついてくる。

 

 もう無理。限界。

 たまに殺したくなる。

 

 ホントはダメだと分かってるからしないけど、

 でも、あんな状態の人を生かしている意味があるのか

 疑問を感じる時がある。

 

 私もしたいことがたくさんある。

 子供の世話をする時間、

 夫の世話をする時間、

 友人たちと遊ぶ時間、

 仕事をする時間、

 色々な時間を削って世話をする意味って何???

 

 介護には多くのお金もかかる。

 

 ほんとは、もっと子供たちに回したい。

 子供の文房具、服などを満足にそろえることが出来ず、

 子供は学校で

 『貧乏』だとか色々言われていじめを受けているらしい。

 

 あの年寄りさえ死んでくれれば、

 年寄りにかけているお金を

 子供にかけてあげることが出来る。

 

 今、塾にも通わせてあげることが出来ない。

 このままだと、

 大学にすら行かせることも出来ない。

 

 長生きし過ぎる年寄りのせいで

 家はもうボロボロ。

 子供は学校から泣いて帰ってくるか、

 (もう学校に行きたくない)と引きこもる日もある。

 

 なぜ、もう人生が終わったような人に

 これからの子供たちが食いつぶされないといけないの???

 

 子供たちが苦しんでいるのに

 あの年寄りたちは何も感じないのはなぜ?』

と愚痴をこぼす人は多い。

 

長生きをする年寄りが増えて、

こういう愚痴を言う人が一気に増えた気がする。

 

 

お葬式で当たり前のように聞くようになった、

『死んでくれてよかった。

 これ以上生きていたら、

 自分たちが殺すところだった』という言葉。

 

20代の頃は衝撃的で驚いたけれど、

今では当たり前のように聞くため、

何も思わなくなった。

 

そして、

『誰かの手を借りることになったら死にたいな』

と思うようになった。

 

私は人を看るより、看られる側。

看る人の苦労話を聞くと、

何も言うことがない。

 

ただひたすら生きていることに罪悪感を感じる。

毎年誕生日が来るのが億劫になった。

(また生きてるよ。。。

 来年のこの日は迎えなくて済むかな。。。)

等と思うようになった。

 

 

 

 

 

安楽死尊厳死はダメ!

 自分の死ぬ時期を自分で決めるのはダメ!』

と言う人がいまだに多いけれど、

なぜ?????

 

その理由を多々聞いたけれど、

納得したことは1度もない。

 

介護をしたことがなく、

病気になったこともなく、

想像だけ、

そういう人を見たことがあるくらいで

綺麗事、偽善的に言う人の意見は

全く響いてこない。

 

 

真剣に悩み苦しんでいる人たちのことを

全く理解していない。

 

クズ太郎もそうだった。

 

『俺は人間のことはなんでも分かる!

 人間は簡単だ!』

と言っていたけれど、

何の経験もないお気楽ご気楽なクズ太郎が

分かるわけがない。

 

今まで問題を解決したことなど

ただの1度もない。

 

あいつは問題が起きると逃げるだけ。

青ざめてガタガタ震えて

一目散に逃げる。

 

きちんと、問題に向き合ったことがないから、

『嫌なら死ねば???』、

『嫌ならやめれば???』と馬鹿なことを言う。

 

あのブラック企業の人は

同じようなことを言っていたな。

 

お粗末集団の中で培った意見は、

きちんとした世界では通用しない。

 

 

安楽死尊厳死を否定している人も、

いずれは自分が病気になるか、

親の介護などで嫌でも

そういう問題に対応しなければいけない日が来る。

 

そうなった時、

人を非難して否定すればするだけ

その言葉が自分に返ってくるわけだから、

今は偉そうに

『命の終わりを自分で決めるのはダメなんだ!』

と言っていればいいだけだ。

 

 

反対している人は、

日本で安楽死尊厳死が出来るようになっても、

絶対に使わないでほしい。

どんなに劣悪な状態になっても

心臓が自然に止まるまで生き続けてほしい。

 

人にきついことを言った分、

人にきついことを言い押しつけ、

生き地獄を味わわせた分、

自分もきちんとしっかり生き地獄を味わっていただきたい。

 

 

『都合の悪いことは記憶せず、

 都合の良いことは自分の手柄。

 

 自分が嫌な思いをすれば

 気がおさまるまで他人を責め続けて、

 

 自分が悪いと責められれば(しつこい)と

 相手を罵るなんて、

 クズ太郎って、痴ほう症の老人?』

と聞かれたことが何度もあった。

 

そうなんだよね。

クズ太郎のしていること、言っていることって、

痴ほう症入った老人と同じなんだよね。

 

 

介護に苦しんでいる人の気持ちを

少しでも理解しようと、

クズ太郎で試したことがあったけれど、

たった1年でも私には無理だった。

たった数か月で殺意を抱いたくらいだからね。。。

 

あんなひどい状態の肉の塊を

死ぬまで面倒を看るなんて。。。

 

あれはいったい誰のため?

いったい何のためなんだ?

人間ってなに?

生きるって何?

 

延々とこんなことを考えながら

介護をし続ける人の苦しみを

全ての人が知り、理解できる日は来るのだろうか???