異星人と交信した結果、撃沈。。。。。。。。。。。。。。。。。。

※登場するクズ太郎は  『元カレ』ではありません。  ただのキチガイストーカー妄想虚言変出者です。

異星人と交流した結果、撃沈。。。。

『おむつ交換することになってまで生きたくないと思ったこと』。。。

 

気になって読んでいるブログで

『介護の現場について』という

興味深い記事があり読んでいたら、

おむつ交換の時間についてどうなっているのか、

おむつ交換をしている人が感じていること

思っていることが細かく書かれていた。

 

(大人のおつむをしてまで生きていたくない。

 人に下の世話をされてまで生きていたくない)と

常々思っていたけれど、

介護の職に就いている人の

赤裸々な意見を知ると、

(やっぱり、無理。

 こんな状態になってまで生きていることが

 幸せだとは思えない)と思ってしまった。

 

人が思う幸せは人それぞれで、

『おむつをしようと、

 下の世話を人にされても

 生きていることさえできれば幸せなんだ!』

と言う人はいるだろうし、

そう思う人はそれでいいと思うし、

そう思って生きていけばいい。

それを他人に押しつけないでほしいと思うだけだ。

 

『生きたくても生きることが出来ない人がいるんだよ』

と言う人がいるけれど、

(まだ生きていたい)と未練があるくらいで

死ねる方がよっぽど幸せではないか?と

思ったこともある。

 

 

 

(もう無理だよ!

 こんな痛みに耐えてまで生きていたくない。

 こんな醜態をさらしてまで生きていたくない)

と思うくらい、追い詰められたことがない人に

偉そうに言われると、正直言って腹が立つ。

 

『世の中にはね、

 死にたくてもしねない人がいるんだよ』と思う。

 

そうすると、

『人は絶対に死ぬんだから、

 自然に死ぬのを待つべきだ。

 自ら死を選ぶべきではない』等

ありきたりなことを言ってくる。

こういうことを言う人たちとは

永遠に分かり合えないなと常に思うし、

相手もそう思っているだろう。

死生観なんて人それぞれなんだから、

絶対に一致するわけはないのだけど。

 

海外では、

『死ぬ事は幸せなこと。

 現世での苦行を終えて

 父(神)のおそばに行ける』と

死を幸せなこと、喜びと考える人たちもいて、

そういう人たちは、

『死が与える幸せ』という考えを持っている。

(死=恐ろしいもの)と考える日本人の考えを

疑問に思う外国人も結構いた。

 

国によっても、

信仰している宗教によっても

死をどうとらえるか全く違ってくるから、

『これが絶対に正しい考えだ!』

と言えるものはないけれど、

だから、逆に

『これが正しんだ!』と

人に押しつけることも出来ないと思う。

 

だから、ほんとうにクズ太郎は嫌いだったな。

 

『死にたい死にたいって言ってると、

 人に嫌われるんだよ。

 人が離れていくんだよ』だってさ。。。

なんと幼稚で浅はかな意見だろう。

 

死は、人が絶対に避けることが出来ないこと。

それなのに、特に日本人は、

最後にどう死にたいとか、

死んだ後のお葬式だのなんだの

どうしてほしいか、どうするのが良いのか、

気軽に話すことが出来ないような雰囲気がある。

 

死んだ後、どうしてよいかなんて頼めないのだから、

生きている間にどうしたいのかをよく考えて、

自分の死後どうしてほしいのか

頼める人に頼んでおくのが良いはずなのに、

それを気軽に話せないってなんでなんだろう???

 

『若い人は死について語る必要はない』

と言う人もいるけれど、

寿命はいつ尽きるか分からない。

若いから死なないとは言えない。

死を考えることは生きることを考えること。

死ぬことを考えると、

1日1日をちゃんと生きようと思うけどな。

(体が動くのは今日までかもしれないから

 今日中に片づけておこう)とか

そう思うようになったから、

死を考えることは

けっして悪いことだとは思えないんだけどな。

 

※文中に登場するクズ太郎は
 『元カレ』ではありません。
 ただのキチガイストーカー妄想虚言変出者です。