『(新宿駅で女性にぶつかる男)の動画を観て、ストレス発散をする時、なぜ無関係な弱者をサウンドバックにするんだろう?』と疑問を感じたこと。。。

 

 

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東京に住んでいた時、

運よく、『ぶつかり男』に遭遇したことはなかったけれど、

実は、『ぶつかり男』という

卑劣な行為を行う人がいるようだ。

 

それも、ぶつかるのは『女性のみ』

テレビで流れていた動画を観て驚いたけれど、

男性のことは綺麗に避ける。

 

男性と一緒に歩いている女性も避ける。

 

でも、『一人で歩いている女性』、

『女性のみ数人で歩いている女性』がいると、

その女性めがけて歩いていく。

 

結構な強い力で当たっているのだろう。

ぶつかられた女性がよろめいている。

 

 

これらをする理由として、

『日々のストレス発散』、

『日ごろ女性に相手にされていないため、

 その恨みをぶつけている』、

『ぶつかるふりをして、

 肘で女性の胸を触る痴漢行為』など

様々な理由があるらしい。

 

 

どの理由にしても、

自分勝手すぎる。

 

クズ太郎に対する怒りで、

私がその辺の人を切りつけるようなもんだろう。

 

無関係な人からすれば、

『え?なんで???

 恨むを返す人、間違ってるよね!?』となるだけ。

 

ストレスは誰でも抱える物だから、

その怒りや不満などは

よーーーーく理解出来る。

 

 

 

 

 

数年経った今でも、

クズ太郎への怒りや不満、恨みが全く消えない。。。

消えるどころか、大きくなる恨み。

 

どんどん体調が悪くなっていき、

その度に、

『クズ太郎に関わらなければ良かった!

 

 (俺は今まで誰からも嫌われたことがない)と

 怒鳴りつけるクズ太郎に、

 

 『うるせーんだよ!ゲス!

  お前のことを好きな奴なんかいない!!!』と

 言ってやればよかった』等、

どんどん後悔が膨らむ。

 

 

だから、ストレス、怒り、不満で

息苦しくなるのは

よーく、よーく分かる。

 

でも、その発散方法は違うよね。

全く関係のない人にその怒りなどをぶつけるのは違う。

 

 

ぶつかられたことのある人の中には、

『階段を下りる途中でぶつかってこられて、

 そのまま転げ落ちてけがをした』とか

 

『妊娠中にぶつかられて転びそうになった。

 へたをすれば流産していたかもしれない』等

 

『人にぶつかる』という行為が、

人を殺しかねない危険行為であることが分かる。

 

ぶつかった人は、

それでストレス発散が出来て満足かもしれないけど、

もし、相手が『けがをしたら?』、

『流産したら?』、『死んでしまったら?』

 

 

その場の行為が結局自分を苦しめる。

 

目の前にいる女性は一人でも、

その女性には家族がいる。

彼氏、夫、父親、男友達など

『男』は必ずいる。

 

『目の前にいる女性が一人だから勝てる』は違うだろうな。

その女性が(こんなことがあった)と話した時、

その女性の関わっている男性陣が黙っていないだろう。

 

 

そして、最悪、相手が死んでしまえば、

遺族から恨みを買い、

一生呪われる。

 

その時は、『たった一人の女性』でも、

『大切な人を殺された』となれば、

(お前みたいな自分勝手な奴は道を歩くな!!!)等、

男性から怒鳴られることになるだろう。

 

男性を避け、

女性のみを狙い、

自分の安全を確保したつもりでも、

『絶対に安全なこと』にはならないし、

そもそも、こんな犯罪まがいの行為に

『安心安全』なんて、存在しないだろうに。。。

 

 

この件は、なかなか事件として立証が難しいらしいけど、

相手がけがをした、死んだとなれば、

話は違ってくるようだ。

 

一時期のストレス発散が

人を不幸にし、

それをした人自身も前科者になり、

『この人は、自分の行動をコントロール出来ない人だ。

 社会不適合者』の烙印を押され、

社会から、余計はじかれてしまう。

 

 

人のストレス発散は人それぞれだし、

どういうストレス発散方法が正しいかは分からないけど、

他人を巻き込んで、

他人を不幸にするようなストレス発散は

間違えていると思う。