異星人と交信した結果、撃沈。。。。。。。。。。。。。。。。。。

※登場するクズ太郎は  『元カレ』ではありません。  ただのキチガイストーカー妄想虚言変出者です。

ブラック企業に例えて解釈した『オツベルと象』の記事を発見。。。

 

久々に、クズ太郎から言われた

『あなたはオツベルと象みたいだね』発言を思い出し、

 

 記憶をたよりに、

覚えていることをただ書いていたけれど、

『そういえば、オツベルと象って結局なんだったんだ?』

と思いネット検索すると、面白い記事を発見した。

 

marunanahoshi.hatenablog.com

 

この記事だけど、ブラック企業に例えて

オツベルと象』の内容を紹介していて面白い。

 

私が田舎で働いたブラック企業

そして、ゴミクズクズ太郎のことかと

思えるようなことが書いてある。

 

 

この記事にある、

『新しい奴隷を確保するために、

 甘い嘘をつくのです。』 

が、まさにクズ太郎のことを表しているようで、

読んでいて面白い。

 

そうそう、

『クズ太郎は、初め甘い嘘で人を誘いこむ。』

(その嘘があからさま過ぎて、

 この人やばいと気がつくが。)

 

その他にも、共感できるポイントが多々ある。

 

本等の解釈は、

どう解釈するかは人それぞれだと思う。

 

何が正しくて何が間違いかは、

それは作者に聞いてみないことには分からない。

 

作者によっては、

『読み手の好きなように解釈してもらって構わない。』

と言う人もいる。

そうなると、読み手の数だけ解釈があることになる。

 

だから、私や私の周囲の人間がした解釈もある意味正しいし、

人によっては間違いだと言うだろう。

 

実際、何が正しいかは不明だが、

私が思ったことと同じ様なことを思い

書いている人の記事を読めて面白かった。

 

 こうやって考えてみると、

やはり、あの会社はおかしいじゃないか。

クズ太郎はおかしいじゃないか。

 

 

やはり、世間的に見て非常識で頭がおかしくて

社会不適合者は、ゴミクズクズ太郎じゃないか。

 

やはり、クズ太郎がオツベルという解釈で間違いないようだ。

 

 

今、クラッシャー上司、パワハラ等、

ダメなことという認識をしている人が多いし、

ニュース番組でも取り上げている。

 

ところが、クズ太郎は、パワハラ等を、

『あれのどこが問題なの?』、

『皆、甘えすぎなんだよ。』、

『怒られる人に問題がある。』、

『優しく教える?それは手を抜けってこと?』

等と話が通じない。

 

というより、クラッシャー人間、パワハラ人間の言い分を

平気な顔をして言う人間だ。

そして、パワハラ、クラッシャーにあたる行為を、

『何が悪いんだ』と何が問題か全く分かっていない。

 

 

クズ太郎は、

侮辱、セクハラ、モラハラ、性的行為を要求する等、

とにかく、人としてのモラルが全くない人間。

 

『俺は何をしても許される』と思い込んでいるため、

『俺のすることは絶対なんだよ。

 俺がハラスメントしてる?

 

 俺は先生と呼ばれていて、一目置かれている。

 皆、俺を認めてるし俺のことが好きなんだよ。

 

 俺のすることを拒否したりするのはあなただけだよ(怒)』

と怒鳴り散らす。

 

 

 世間で話題になっているクラッシャー人間、パワハラ

あれが理解出来ず、

『私からしか聞いたことがない』

井の中の蛙のクズ太郎は、

広い世界に出ればすぐに潰されるか、

それとも、ひと暴れして大変なことになるか。。。

 

いずれにせよ、

私がいたいと思う世界で、

非常識でまともではなく変なのはクズ太郎だ。

 

クズ太郎のいたい世界だと、

 

 

 

 

私が非常識で頭のおかしなゴミクズになるが。

 

人の数だけ善悪があり、

人の数だけ常識非常識がある。。。

 

自分がどの世界にいたくて、

何がしたいのか、

それをするにはどの常識を常識とするのか。

 

その選択を間違えなければいいだけだ。

 

人に好かれ、人に大事にされる人間は、

こういうことが分かっているから、

自分の常識より、相手の常識を優先して行動する。

 

 

クズ太郎が

『俺は今まで誰からも嫌われたことがない。』

と言っていたけれど、

クズ太郎が人間関係を切った人間がいる以上、

その切った人の数だけ、嫌われたり恨まれたり等

嫌な感情を持たれている。

 

 

オツベルと象』はある意味面白いかもしれない。

 

傲慢で高飛車で他人の気持ちを思いやることの出来ない

オツベルクズ太郎が、

これまで善良だった多くの人を傷つけ切り捨ててきた。

 

クズ太郎が切ってきただけの人数の人(象)が

いずれ、クズ太郎に復讐するのだろう。

 

 

『踏みつぶされたクズ太郎が悪いのです。

 誰も罪悪感を抱くことはないのです。

 何せ、クズ太郎は、反省、罪悪感、謝罪等の言葉がなく、

 そのような理解のない人間ですから。

 

 他の人間には復讐などしてはいけなくても、

 クズ太郎にだけは堂々としていいのです。

 

 なぜならば、クズ太郎は

 そうされる人間が悪いと言っていたからです。

 

 人を許す気持ちはなく、

 自分以外の人間を踏みつぶし、虐げ

 自分の言うことを聞かせる奴隷と思っているクズ太郎には

 何をしても許されるのです。』

と思ってしまう。

 

 

オツベルと象』の作者の宮沢賢治は、

相手が自分に害を及ぼすような生き物であっても、

生命を奪うことは良くないことという思想の持ち主だったとか。

 

私が、

『どんなひどい復讐でもクズ太郎にだけは何をしてもいい』

等と言ったら、

宮沢賢治は『ダメだ』というんでしょうね。

 

クズ太郎は普段からよく、

被害者をさらに追い詰め、

加害者養護する発言ばかりする。

 

『人を傷つけても証拠さえなければいい。』、

『人を傷つけても法に触れなければいい。』、

『人を傷つけても許されて当然。』、

等と思っている。

 

クズ太郎は宮沢賢治が好きらしい。

宗教も好きらしい。

 

この2つに共通していることは、

『どんな悪人も救われて当然。』

 

だから、あいつは悪いことをしても平然としている。

反省もしない、罪悪感も感じない、謝罪もしない。

 

私が宗教が嫌いな理由はこういうところだ。

加害者が大きな顔をする理由を作っているからだ。