異星人と交信した結果、撃沈。。。。。。。。。。。。。。。。。。

※登場するクズ太郎は  『元カレ』ではありません。  ただのキチガイストーカー妄想虚言変出者です。

『ある時期を境に、(でもって言っているうちは、直す気ないからね)とドヤ顔で言うようになったゴミクズ太郎』、こいつ終わったと思ったこと。。。

 

 

クズ太郎は、

自分の言うことを相手に聞かせるため、

とにかく理解不能なおかしなことを言う馬鹿だけど、

 

2014年の後半、

 

ま、(でも)って言っているうちは

 直す気ないからね!』と

ドヤ顔で得意げに言うようになった。

 

それを言われた1度目は、

『(でも)ってそういうことじゃないよ。

 まず、人の話をさえぎらず、

 話を最後まで聞く癖つければ?』

と不機嫌になりながら私が言うと、

 

 

『はぁ!?

 あなた何言ってるの!???

 

 まぁ、とにかく

 (でも)って言ってるうちは直す気ないからね』

と人を馬鹿にした顔をして

クズ太郎がまた言う。

 

 

(ほんとに、こいつあほだ)

と改めて思い、

(これ以上話をしたくない)

と思ったため黙った。

 

すると、クズ太郎が

(勝った!)というドヤ顔をして、

『はっ!?』と

顔をぐちゃぐちゃにゆがめて

勝ち誇った顔をして言ってきた。

 

(顔面パンチしたい。。。)

そういう気持ちをとにかく我慢した。

 

また別の日、

クズ太郎のせいで悩んでいる人がいたため、

(もう少し、人に対する対応の仕方を

 考えた方が良い)

という話をしていた時、

 

『でもさ。。。』と私が言うと、

 

『ま、(でも)って言っているうちは

 直す気ないからね』

とクズ太郎がドヤ顔で言ってきた。

 

 

はぁ、、、、、、、、、

こいつ、

『ま、(でも)って言っているうちは

 直す気ないからね』と言えば、

勝てると思い込んでしまったんだ。

 

これを言えば、『論破出来る』と

思ってしまったんだ。。。とあきれた。

 

 

『でも』って、ただのつなぎ言葉だったり、

『あなたの言っていることも一理あるだろうけど、

 (でもね)私はこう思うから、

 その考えは受け入れることが出来ない』

と自分の考えを人に伝える時に使う言葉でもある。

 

この『でも』の後の言葉をきちんと聞かないと

なぜ、人がそのことで悩んでいて、

問題を解決が出来ないのか理解することが出来ない。

 

『でも』の後の言葉は重要。

 

これは、私が人と会話をするうちに

そう思うようになった。

 

だから、『でも』の後の言葉を聞かず、

『(でも)って言ってるうちは直す気がない』

等と、相手の言葉を遮るのは、

まったくもって良くないと思うし、

ほんとの意味で人の悩みを解決することなど出来ないと思う。

 

クズ太郎は、

きちんと、人の悩みに向き合ったことがない人なんだな

と改めて思った。

 

たいだい、人が話をしている時に、

話を遮るなんて、

最低下劣だ。

人の話を聞く時のマナーが備わっていない。

 

人は自分の話を遮られると怒りを覚える。

不満も抱える。

(もう2度とこの人と話したくない)

とも思う。

 

『俺の話を皆1度で聞くよ。

 同じ話を俺に2回以上する人はいない』

とクズ太郎が得意げに話していたけれど、

 

それは、

『クズ太郎に話しても意味がない。

 クズ太郎に話したくない。

 

 こちらの話を聞かず、

 一方的に自分の考えを押しつけてくるから嫌だ』

とクズ太郎は評判が悪いからだ。

 

だから、皆、クズ太郎と話したがらないだけ。

嫌われていて無視されているだけだ。

 

よくもまぁ、

『皆が俺のことをすごいと思っているから

 皆、俺の話を聞くと

 1回で問題も悩みもなくなるんだよね』

と自慢げに得意げに言えるなと

あきれるし軽蔑する。

 

 

 

 

 

あることで複数人で議論していた時のこと。

『うーん、でもそれについては。。。』と

『でも』を使う人が多かった。

 

だからといって、

『(でも)って言ってるうちは直す気ないからね』

とドヤ顔で言ったり、

話を遮る人は誰一人としていなかった。

 

皆、普通に話を聞いて、

『そうですね。。。

 それについては。。。』と議論を続けていた。

 

自分の意見を否定されたからといって

癇癪を起して怒鳴る人もいないし、

冷静に落ち着いて会話を続ける。

 

それが終わると、

『今日は色々な意見が聞けて

 有意義な時間を過ごせました。

 ありがとうございました』と

皆、穏やかに挨拶を交わし終了した。

 

 

『自分の意見を否定されると途端に怒り出し

 相手を侮辱して怒鳴る』、

 

『自分が嫌だと思う意見が出ると、

 話を遮り、馬鹿にして相手に話をさせない。

 人の話を最後まで聞けない』、

 

『自分の意見だけが絶対に正しく

 それ以外の意見は間違い。

 自分が違うと思う意見を持っている人は

 侮辱し馬鹿にし怒鳴りつけ

 (自分の言っていることを聞けーーー)と

 威嚇し続ける』

 

 

こんなことをしているようでは、

司法試験に一生合格しないだろうな。

 

そして、人の悩みや問題を

きちんと解決する手助けなど

絶対に出来ない。

 

自分の考えを否定されるのは

全ての人間が嫌うことだ。

けれど、否定されて初めて気がつくこともある。

否定されたからこそ、

考え直し、

その結果、より良い考えにたどり着くこともある。

 

ただし、この『否定をする』も

ただの

『何偉そうに言ってんだよ!』、

『お前は何様だ!』等の侮辱発言では

意見をより良い物にすることにはならないけど。

 

具体的になぜ反対なのか

きちんと意見を持っている人の話は

聞く価値があると思う。

 

だから、

『(でも)って言ってるうちは直す気ないからね』

なんて、あほなことを言っているクズ太郎は

ほんとーーーーーに使えない役立たずだった。

 

私は議論の場に出ることも多いし、

私が行けない時、

かわりに参加をしてくれる人が

1人でも多く欲しいと思っているから、

クズ太郎が法の知識を持ち、

きちんと色々なことを考え

しっかりした意見を持っていて、

そのような場で対応が出来る人ならば。。。

と思ったこともあったけれど、

 

実際話して分かったけれど、

クズ太郎はただの幼稚園児。

歳だけ取った、おじさん幼稚園児。

中身は子供、見た目はおじさん。

 

見た目がグロテスクだから、

ああいうしっかりした方々が集まる場所に行かせるのも

あの方たちに紹介するのも

少し抵抗はあったけれど、

中身がしっかりある人ならば、

 

『こういう人なら、

 あなたが良いと思うのも分かるよ』

と受け入れてもらえるはずだから、

中身がしっかりあるなら良いなと思ったけれど、

 

見た目グロテスク、

中身グロテスクの

グロテスク妖怪だったから、

誰にも見せれなかったし、

あんな妖怪と関わっていると

誰にも知られたくなかった。。。(涙)