人の過去を聞くというのは、その人の傷に触れるかもしれない恐ろしい行為だと気がついていない人が苦手。だから、クズ男が大嫌いだった。。。

 

『色々ずけずけ聞く人がいて、ムカつくーーー!』と

怒っている友人の愚痴を聞いていて、

クズ男とあの会社の人たちのことを思い出した。

 

暇なのか無神経なだけなのか、

『前何やってたの?』、『どこにいたの?』だのなんだのと

色々聞く人がいるが、その人たちはいったい何が目的で聞くのだろう。

 

ただの気晴らし、興味本位?

自分より不幸な人、ダメ人間を見つけ

自分の劣等感を優越感に変えるため?

 

 

人には聞かれたくないことがある。

忘れたい過去がある。

話したくないことがある。

 

 

人に色々聞いている人たちは、

なぜか自分が聞かれると『えぇ、私のことはいいから。。。』

等と話をそらし、とにかく他人のことのみ聞こうとする。

失礼にもほどがある。

人に何かを聞くなら、まず自分のことを話せ。

ただし、自分のことを話したからと言って

必ず相手も話してくれるとは思わないこと。

相手に話すことを強要しないことだ。

 

私は学歴のことを聞かれるのがとにかく嫌だ。

10代の頃は、

『勉強していい大学に入りいい会社に就職することが

 人のすること。

 それが出来ない人間は生きている価値がない。』的な

教育をされている時代だった。

 

疑問しか感じなかった。

偏差値って何? 

偏差値で家買えるのか?

食べ物買えるのか?

服や本など、自分の欲しいものが買えるのか?

いい会社に入れなかったらどうなるんだ?

死ぬのか?

でも、生きてる人たくさんいるよね?

要は、お金さえ稼げればそれでいいんじゃないの?

どこでもどんな仕事でも衣食住を整えられるなら

それでいいんじゃないの?

なぜ学歴、職歴、職業差別があるの?

どこの高校、大学卒業したかで人の優劣を決める感覚が大嫌いだった。

 

 

勉強が出来なくても、優しくてとてもいい人がいた。

勉強は出来るけれど、それを鼻にかけ

人を馬鹿にしいじめるクソ人間がいた。

 

腹が立った私は、とにかく自分が不要と思う場合は

一切勉強しなかった。

だから、10代の頃真剣に勉強をしたことは1度もない。

仕事をするうえで必要に迫られ、

初めて『知識が必要だからしっかり勉強しよう』と思い、

勉強をし大学に行った。

 

そこには、純粋に学ぶことが好きな人、

自分の人生のため、仕事のため等、

しっかり考えた上で通っている人が多く、

100点満点を取るのは当たり前、

オールAが当たり前の人たちだったため、

(どっちが知識があるか勝負!!)的なくだらない争いはなかった。

 

人間がほんとに必要なことはそんなことではなく、、、、

と、次の段階を考えている人ばかりで、

私の10代の頃の疑問に対する回答を持っている人たちで、

色々な考えを教えてもらうことができ、

人として多くのことを学ぶいい機会になった。

 

あの頃、色々な人からたくさんのことを教えて頂いたおかげで、

私の学歴(偏差値)反抗期がおさまり、

次の段階に進むことが出来た。

 

30代になり療養のため納得のいかないまま

田舎に行くことになり、体調が落ち着いた頃に田舎の企業に務めたが、

会話が一気に10代の頃に戻った気がして

とにかく不快でとにかく気分が悪かった。

 

今日は中間・期末試験1週間前か?

今日は中間・期末試験当日か?

と聞きたくなるくらい、毎日毎日、

『ねぇ、これ知ってる?これ分かる?』と

テスト勉強的に学校の勉強の質問ばかり。

『○○ですか?』と聞くと、『あ、正解。』。

こんな会話ばかり。

そして、

『あの人、(私は何でも知ってます。優秀なんです。)

 みたいな感じでムカつく。』的な悪口を言われ、

イヤイヤ、質問してきたのそっちだし。

しかも、それ、皆誰でも知ってることだし。

知らなければネット検索すれば出てくるレベルの

くだらない低レベルな話だし。

こんなこと分かった程度で(優秀ぶってる)?

やめてくれ、ほんとに(優秀な人)ってこんなもんじゃないぞ。

 

それに、この感覚。。。

もう感じたくなかった。

学歴・偏差値絶対主義的なこの感じ。

とにかく、不快不愉快気分が悪い。

『勉強が全て』、『勉強出来る人がいい』とか、

そんな時代遅れな感じ、おしつけてくるのやめてくれ。

もうそういうの嫌なんだよ。

勉強はしたい人がしたいようにすればいいんだよ。

 

学校の勉強は、その歳の子供が大人になった時、

ほとんどが不要な物となる。

それも、仕方のないことだ。

昭和時代から平成時代の2・30年の間にも

ずいぶん変わった。

あの頃、ここまで英語が必要になると誰が思っただろう。

ITのスキルが必要になることを想像出来た人はいるのか?

それと同じことは今の子供たちにも少しはあるだろう。

現在学校の教育方針を決めている人たちが

必死に未来予想をし教育方針を決めても、

結局世の中を作り変えているのは、働いている人たちだ。

どんどん新しい技術を誕生させ、世の中を変えていけば、

それに伴いどんどん教育方針を変えて行っても、

どうしても教育方針を考え決めるのが後になってしまうため、

学校の勉強が、多少時代遅れになるのは仕方がない。 

 

 

人に必要なことは知識より、別のこと。

6:4か7:3で教育をしなければ、

大人になった時、社会不適合者になってしまう。

現在、30代から60代の仕事をしていない人の数が

数百万人いるらしいが、その原因の1つは

教育方針、しつけ等のせいでもあるだろう。

昭和時代の学校の教育方針を決めていたのは、

戦争経験者だったりするのだろうし、

そうすると、どうしても軍人を育てるような

軍国主義の名残りのような教育方針になるだろう。

あの頃、軍隊の名残り的な学校の教育も実際にあった。

昭和時代の感覚は今の平成の世には適さないこともある。

そうなると、勤め先の会社での立ち居振る舞いが分からなくなり、

会社に勤務することが怖くなり、ひきこもりになってしまうだろう。

(いい歳の大人が)と思う人もいるようだが、

止まらず時間が勝手に経つから

人間はそれに合わせて無理やり歳を取らされているだけで、

(精神的に大人になったから、次の歳になりますね)という

歳の取り方ではない。

実年齢と精神年齢が伴わないのは仕方のないことだし、

心に受けた傷は一生もので、その傷が深ければ深いほど

次の行動に移るのが難しくなる。

 

 

クズ男だってある意味社会不適合者。

(勉強が全て)と思い込み、

(弁護士になれれば一生安泰)と思い込んでいる。

弁護士事務所内の仕事は

PCが出来た頃からどんどん楽になっていて、

事務やパラリーガルと言われる人の存在が不要になっているとか。

弁護士も書類整理程度の人はどんどん不要になり、

今後IT化がどんどん進んだ時、

もっと変わってくる可能性があるらしい。

それを先読みし考えている人たちは、

それに対応できるように勉強し直し、

現在弁護士を目指している現役生も、

そのことを考慮して学習しているらしい。

 

そんな人たちと、クズ男のような昭和の考えのみで

他人の話を一切聞くことが出来ないバカな頑固ヤローが

どうやって対峙するのか。。。

 

その辺に関してはクズ男が悩み考えることだから

私が考える必要はないが、

ただ、(学歴が全て)、(知識が全て)という

あのクズ男や田舎の人たちの考えはもううんざりで

おしつけられたくなかった。

 

だから、『大学行ったの?どこの高校卒業?』と聞き、

卒業校でその人のレベルを決め、

自分と相手の上下関係を決めようとするクズ男の考え方も

とっても不愉快だった。

 

『高卒だよ。卒業校はどこでもいいでしょ?

 なんでそんなこと聞くの?

 あの会社の人たちもそうだけど、

 それ聞いて皆何がしたいの?

 そういうこと聞く人、すごく気持ち悪いんだけど。。。』

と私が言うと、

 

『なんで答えられないの?

 そんなに嫌なら聞かないけど。。。

 ちなみに俺は○○高校と○○大学なんだ。』

とクズ男がどや顔で得意げに言ってくる。

 

偏差値50・60台の学校卒業で、

そこまで威張れる理由はなんだ?

その後も、『○○高校で』とか、『○○大学で』と

得意げに話していたが、

(うん、そのレベルの学校でどうした?)としか思えなかった。

まさか、その程度で、

(ほんとにクズ男は誰よりも優秀ね)と私が言うとでも思ったのか?

あの、(天才・優秀)等と言われる人たちを見た私が?

お前ごときで? 冗談でしょ?

それに、自分が行った大学より偏差値の低い大学卒の人を

どうして『誰よりも優秀ね』と言えるんだ?

頼むから、せめて私と同じ大学かそれ以上の大学を卒業してから

威張ってくれとしか思えなかった。

 

 

あぁ、私が高卒と言ったからか。。。

高卒のバカは、クズ男程度で『すごーい、優秀ね』と言うと

思ったのか。

 

素直に私が卒業大学のことを言えば、

絶対に言えなかっただろうな。

いつか、水戸黄門の『この紋所が目に入らぬか!?』的に、

『ごめん、私、実は○○大学卒業なんだ。

 あ、これ卒業証明ね。

 なんで高卒と言ったかというと、

 クズ男が人のことを、学歴なんてくだらないもので判断する

 クズ人間か確認したかったからなんだ。

 

 残念ながらクズ男は学歴で判断するクズ人間で、

 やっぱり私はクズ男のことが好きになれなかった。

 学歴が絶対と思っている人はいるだろうけど、

 私はどうしてもそういう考えは受け入れられないんだ。

 

 世の中には、ほんとに頭が良いのに家庭の経済事情で

 高校・大学進学を断念している人もいてね、

 学歴だけで人の優劣を決める世の中になったら、

 貧乏家に生まれた人って、

 完全にその時点でダメな人間でいるしかないじゃない。

 そんなのおかしいと思うんだよ。

  

 実際、中卒の人で会社設立して

 今では年商数十億って人もいて、

 人間って、どんな才能があるか分からないんだよ。

 クズ男は、その人が中卒だってだけできっと馬鹿にするでしょ?

 私はね、そういう人間は大嫌いなんだよ。』

とクズ男に1度でいいから言いたいと思いつつ、

結局、言わなかった。

 

口論になり終わることは目に見えていたし、

それに、大学の話をすると、

結局、私も『うるさい偏差値60ヤローが』と

言ってしまいそうな気がして、

それでは、結局偏差値社会を認めている人と同じになってしまうと思い、

クズ男のような学歴絶対主義者と話す場合、

高卒の私でいないとダメだと思った。

卒業大学のことを言えば、

(そんなこと言っても結局あなたは仕事で必要だと言って

 偏差値70台の大学を出たなら、結局偏差値社会の言いなりになってるよね。

 自分だってそうなのに、なんで俺のこと責めるの?)

と言い返される可能性があるため、結局言えなかった。

 

 

 あの会社でぼーっとして仕事をしない人がいたが、

『でも、あの人って○○高校卒業してるんだよ。』

と言っている人がいた。

 

(だからなんだよ。。。)と正直思った。

その高校は、その地域では中間層だが、

全国的に見れば、中の下レベルだろう。

 

学校の勉強をすることと、仕事をすることは違う。

学校の勉強は親が『勉強しなさい。』と手取り足取り

させていたのかもしれない。

学校の勉強が出来る人は、たいてい親がその環境を与えている。

 

でも、仕事は違う。

ある程度の研修を終えた後は、後は本人に任せる。

そこで仕事をせずぼーーーっとしているのは、

親が手取り足取りみっちり勉強させた系の人だからだろう。

幼少期に、自分で動くための脳を鍛えていなかったのだ。

 

そのことを言った人にも、

『○○高校卒業だからって何?

 学歴・偏差値で食べ物買えないよ?

 お店で食事したとき、

 (○○円になります。)

 (○○高校卒業です。)

 (そうですか。○○円になります。)

 (○○高校卒業です。)

 (分かりました。○○円です。

  あの、どこかの高校卒業者は支払い不要とかないですよ。

  支払いしてくれないなら無銭飲食で警察呼びますけど?)

 って言われるよね?

 学歴・偏差値で衣食住は整えられないよ。

 卒業校を自慢げに言う人いるけど、なんで?

 みっともないだけだよね?

 他の卒業生や、現役生に迷惑な下品な行為だと思うんだけど、

 なんで、あの会社の人たちって学歴とか気にするの?

 会社でちゃんと働いてお給料もらってるなら、それでいいじゃない。

 他に何が必要なの?

 会社で働いて、目の前の仕事をこなして一生懸命お金稼いでると

 学歴とか偏差値とか無意味というか、

 なんなんだ?とか思わないの?

 働いた結果、やっぱり学歴・偏差値だなって思ったの?

 

 勉強が出来ることと、仕事が出来ることって違う気がするけど、

 そこって、切り離せないの?

 なんで?』と聞くと、当り前だが、ウザったいという顔をされた。

 

 

別に、学歴・偏差値絶対主義が悪いとは思わない。

ただ、どうしてそう思うのか、

それが絶対だと信じて疑わない人から意見を聞きたいだけだ。

 

そして、当り前だけど、

ここまで真逆の考えを持っている人は合うわけがない。

お互いがただ意見を主張し合うだけで、分かり合うことはない。

 

でも、このような議論は必要だ。

これを第三者が冷静に聞き、双方の良い所、悪い所をまとめ

そのことについて考えている人たちに情報提供し、

今以上によりよくなるよう考えてもらう道具になるのだから、

意見が真逆の人間に議論させることは必要なことだ。

 

 

だから、クズ男が学歴・偏差値絶対主義者なのも

どうでもいい。

でも、こういう人とプライベートは関わりたくない。

学歴・偏差値絶対主義の人間は、常に人を馬鹿にした話し方をする。

プライベートで関わる人は

癒し、安らぎをくれる人がいい。

どうでもいい、意味のないくだらない話をし、

ぼーっとゆったりした時間を過ごしたい。

 

『俺、1分も無駄にしたくないんだよね。

 だから、人待ってる時も勉強するし、

 遊んでる時間も勉強したい。

 だからね、あなたと会ってる時間は英語の勉強の時間にしたい。』

とクズ男が言っていた時、もう嫌だった。

 

時間の使い方が全く違う。

くだらない話も出来ない。

ぼーっとすることを悪ととらえている人とは関わりたくない。

学歴のない人間を馬鹿にし見下す人間とは関わりたくない。

 

そして、人の過去を聞くことが、

その人の傷に触れる、その人が悩み苦しんだ過去を思い出させる

嫌な行為だと考えることも出来ない、

気がつこうともしない、

そんなマニュアル大バカやろーのクズ男とは関わりたくない。

 

『俺は何でも話せるよ。

 言えないのは、やましいことがあるからでしょ。

 俺はやましいことが何もないから全て話せる。』

とクズ男は得意げに言っていたが、

話せない=やましいことがあるからとしか考えられないなんて、

なぜそう単純単細胞なんだ?

 

『俺が1と思うことは皆も1と思う。』という

1つのことでしか解釈できない愚かな行為はいい加減やめろ。

人は人の数だけ考え・価値観がある。

自分が知らないことでも理解出来ないことでも

そういう物がこの世には多々存在するんだよ。

 

クズ男のようにグニャングニャンのタコ妖怪なのに、

自分をかっこいいと信じ込み、

10年以上も浪人していて、決して優秀ではないのに、

『誰よりも優秀』と言い切る人がいるように、

自分では信じられないことを平気でする人がいるんだよ。

 

自分が理解出来ないからって、『この人のことが理解出来ない。』

と思ったところで、その人が目の前から永遠に消えることはない。

人が自分を認めなくても、誰にも認めてもらえなくても

自分の存在が消えることはない。

命が尽きることもない。

全ての人に嫌われようと自然に寿命が尽きるまで

人は生き続けるものなんだ。

自分が生きるのに、他人の承認など不要なんだ。

 

クズ男は承認欲求がとにかく強い人間だ。

だから、余計に人の色々なことが気になるのだろう。

自分の劣等感を満たすために人の過去を聞いてるならやめてくれ。

自分が優位に立つための材料探しに聞いてるならやめてくれ。

 

大丈夫だよ。

司法予備試験に受からなくても、あなたの存在を否定されたわけじゃない。

人から嫌われていてもあなたが死ぬことはない。

誰も認めれくれなくても、自分が正しいと思えばそれでいいんだよ。

それで自分が消えるわけじゃないんだから。

 

だから、頼む。

自分の劣等感を消すために人のことを探ってるならやめてくれ!

クズ男以外の人間は、クズ男の傷を癒す道具じゃないんだぞ。

クズ男が色々考えるように、

他の人も皆同じように悩み苦しんで考えてるんだよ。

そんな人たちをさらに追い回して潰すようなことをするのをやめてくれ。