クズ男が調子に乗って私を非難し続けた理由が分かった気がする。。。

 

ある有名人のことが記事になっていた。

『この人大変そうだな。』と思い

『私と同じような気持ちでこの記事を皆読んだはず。』

と思い、コメント欄を見ると、、、

 

驚くことに非難のコメントのみ。

 

対象者は重病を抱えて大変な思いをしている人だ。

私はその人のことをよく知らないし、

余命いくばくもないのか等、全く何も分からない。

 

ただ、無理してでも家族のために何かしたい気持ち。

臓器に話しかける気持ちはわかる。

 

『明日は少しでも調子良くなっててね。』、

『明日は大事な日なんだよ。頼む!』

等、自分の体への声がけは私もやったことはある。

 

というか、皆やってるだろう。

『よっこいしょ』と言いながら立つ動作は、

ぎっくり腰予防に良いらしい。

 

『今から体を動かすよ!いくよ!』という体への声がけは

多くの人がやったことがあると思うが、それは、愚かな行為ではないのか?

 

例えば他にも、野球のピッチャーが、

『頼む!俺の肩!試合最終日まで持ってくれ!!!』

と語りかけることもあるだろう。

それは、愚かな行為と非難しないのに、

 

スポーツ選手が、試合に使う自分の大切な体に話しかけても、

誰も非難しないのに、

なぜそれが病人だと、あれだけの非難コメントになるんだ?

 

『そんな発言非常識』という意見もあったけど、

それを言いたくなるほど、日ごろから周囲の人間が

心配したふりをして、何か言っていたんだろう。

 

それを『言いたくて言った』わけではなく、

『これ以上周囲から色々言われたくなくて、

 やむを得ず言った。』だけだと思う。

 

 

あの会社にいた時、私も咳をしていたら、

同期のおばさんに、

『やだ、ちょっと!!風邪うつさないでよ。』と言われた。

 

『風邪じゃないからうつりませんよ。大丈夫ですよ。』

と何度言っても、

『嘘だよ。風邪ひいてる時は休みなさいよ!

 邪魔なんだよ。迷惑。』等と言われた。

 

『大丈夫?辛そうだね?』等の心配する言葉は一言もなかった。

ただひたすらに、『咳して気持ち悪い。』等の非難だけだった。

 

腹が立ち、『風邪じゃないからうつりません。○○なんで。』

と私が言うと、

『あ、、、そうなんだ。。。』

と黙ったが、その会話を聞いていた社員男性が思いっきりひいていた。

 

この有名人も、

『やだ、うつさないでよ。』等と執拗に嫌がらせで言い続けた嫌な人間が

いるんじゃないだろうか。

でもコメントは、『やっぱりこの人変』の意見が多い。

 

『誰かがそう言わせた可能性がある』と言う発言はゼロ。

なぜだ?なぜこの病人だけが悪者なんだ?

 

『人が嫌い非難する人間には何を言っても許される。』と言うかの如く、

示し合わせたような、膨大な量の非難コメント。

 

なかには、『ほんとに○○(病名)なの?うそじゃない?』

等のコメントもある。

 

信じられない。

命の危機を感じている人、

自分の寿命がいつ尽きるのかと不安と恐怖でいっぱいの人が

普通の人と同じ感覚・考え方なわけがない。

信じられない。

 

 

でも、同期のおばさんが私に面と向かって暴言を吐く理由が分かる。

どうせ、『あの子変。頭がおかしい。』等と悪口を言い、

皆で非難していたのだろう。

 

そして、クズ男。

毎週毎週外に連れ出されるのは辛いと何度言っても言うことを聞いてくれない。

 

挙句の果てに、

『良いことをしてあげてるのに、なんなの!?』

と怒鳴る。

『俺の友達もあなたのことを変だと言って笑ってるよ。』

と言っていた。

 

要は、この有名人に対するコメントと同じことを言っていたのだろう。

 

そして、寄ってたかって私の悪口を言って笑っていたんだろう。

だから、『こんなに色々してあげてるのに。』

と恩着せがましく上から目線で色々言ってきたんだ。

 

 

知ってます。

健康な人間は、健康な時にこういうことを言うのを知ってます。

 

だから『私に関わるな』って言ったんだよ。

お前も所詮、こういう人間だと思ったから。

 

『あなたは変。』、『あなたはおかしい。』等と言われてもいいけど、

それは、会社等、仕方のない場所だけで十分。

プライベートでは、こういう理解のない人間とは関わりたくない。

 

あの同期のおばさん、一度は『関わるな』と言っておいて、

『皆に嫌われてる。誰も話してくれない。仲良くしてほしい。』

と言って私にすがりついておいて、あの態度。

でも、いいんだ。ああいう人って、自分が病気になって辛いと、

『私の気持ちを分かってくれる人がいなくて辛い。』等と近寄ってくる。

 

過去にこういう人がいた時、

『それは大変ですね。』等と軽く言い、無視した。

すると、

『あなたはこういう人の辛さが分かる人でしょ。

 なんなのその態度!!人でなし!!!お前なんて人間じゃない(怒)』

等と言われたが、

 

『やっぱり、こういう対応って人でなしですよね。

 人として許されない対応ですよね。

 

 でもね、あなたこれを私にやったんですよ。

 今の言葉、当時のご自身に言ってください。

 

 今、辛いですか?悲しいですか?傷つきました?

 その気持ち、私も当時感じた気持ちです。

 その気持ち、今後絶対に忘れないでくださいね。』

等と言った。すると、相手は絶句していた。

 

健康な時に、病人に配慮が出来ないと、

自分がそうなった時、その分苦しむ。

 

人に優しく出来なかった分、

人に悪態をついた分、

人を悪く思った分だけ、

自分がそうなった時、自分に返ってくる。

 

私は自分に色々言った人のことを覚えている。

特に復讐してやろうなんて思ったことはない。

 

なぜなら、病気になった時、勝手にその周囲の人間がその人を

傷つけてくれるから。

 

病人というのは、健康な人からするとばい菌みたいなものだ。

『見たくない。』、『関わりたくない。』ばい菌だ。

 

病気の人、人生の先が短くなった人というのは

見ていて辛いのは分かる。

 

私もこんな状態のくせに、

いざ、『親が病気で。。。』等の話を聞くと何も言葉が出ない。

 

さすがに、(そういう話してくんなよ。)とは思わないが。

それに、そういう時、何も出来ない自分に失望する。

 

なんだかんだ言っても、私もいざとなると何も出来ない。

『病気の人間を非難するな!』、

『ちゃんと対応しろ!』等と思っているくせに、

いざ自分がそういう人の対応をする人間になったとたん、

なんと言葉をかけたらいいのか、どう対応したらいいのか

分からない。

 

だから、結局、私も人を非難する権利がない。

だから、『他人に私を理解してもらうことは出来ない。』と思い、

人に対して、自分を理解してほしいとは一切思わなくなった。

 

だから、クズ男にもある程度のことを言い、それで終わらせた。

ところが、クズ男はそういう

『自分が何も出来ない、非難する権利のない人間』

ということすら気がつけないため、私をののしり続けた。

 

 

自分が言われて嬉しいこと、してもらって嬉しいことが

必ず病気の人全てにあてはまるわけではない。

ほんとに人それぞれだ。

 

良かれと思って言っても、怒らせる場合もある。

その時はひたすら謝罪をする。

 

クズ男のような人間は、

『人が良かれと思ってやったことを受け入れないあなたはゴミだ』

等と非難をする。それも堂々と。

 

そりゃそうだろう。

こういう人間が悪と思う人間が、これだけ日本全国にいれば、

堂々と私のような人間をののしることが出来るんだから。

 

もし、何か言い返されても、

『皆あなたみたいな人はめんどくさいって言ってるよ。』、

『皆があなたはおかしいって言っているよ。』

と言えばいい。

 

『皆』ってなんだ?

 

いいね、『皆』が常にいて。

 

あの有名人も、その他大勢の重病患者も、

死と戦っているのは本人一人だけだ。

 

日本全国に『皆』がいる人が羨ましいよ。

 

落ち込んでいたらいたで、

『そういう人がいると、場の空気が悪くなるので、

 明るく振舞えず、そういう態度しかとれないなら

 自宅にこもっててください。』等と言い、

 

明るく振舞えば振舞ったで、

『私は病気にも負けません!

 こんなに大変なのにめげずに頑張ってる私すごいでしょ!

 ねぇ、皆見てーーーー!!!って思ってんだよ。

 うぜーーーー。キモイーーー。

 そういう人の相手するのこっちが辛いから

 頼む、早めに死んでね。』等と言うんだ。

 

でも、こんなことを言っている人も

結局は人間。

 

自分の死、親の死、家族の死。

向き合って対応するのは自分一人。

 

その時、

『こういうことを言うと人は○○って思うんだった。

 言えない。誰にも相談できない。

 辛い。どうしよう。』

と悩んで、過去の自分の発言を悔やむんだ。

 

人間なら誰しも訪れる問題なのに、

なぜそれを考慮して発言できないんだろう。

 

今、病人などの弱者をののしっている言葉は、

そうなった未来の自分に向けて言っているも同然なのに。

 

目の前のその人の姿が、未来の自分の姿となぜそう思えないんだろうか。

 

病気の人間というのは、想像以上に厄介だ。

それも、家の中にいて、毎日毎日接するのは地獄だろう。

 

夫婦の片方がそうなった時、

嫌な態度も取らず、配偶者の行動を肯定する意見を言い続けるって

相当大変だと、少し考えれば分かる。

 

毎日、『痛い、具合悪い、死ぬのが怖い、不安だ。』

等と言っている配偶者。

正常な精神・肉体を持っている人間でも、

多少は影響されておかしくなってくる。

 

結婚している人は、自分が健康でも

配偶者が病気になったらそれはそれで大変だ。

 

『配偶者が病気でもう今家庭内が大変で。。。』

等の話を聞いても、こういう病人への配慮のかけている人間がそうなると

 

『いったいこの人はこういう時、どう対応するんだろう。

 どう生きていくんだろう。』

とその人の生き方、対応に興味がわく。

 

『配偶者(親等)が大変なことになった。』

と話せば、周囲の人間は、

(うわー、こいつめんどくせーー。普通そういうこと言わなくない!?

 それを聞かせて、こっちに何しろって言ってんだよ。)

等と思いながら、『それは大変ね。』と言うのだろう。

 

そして、

『あの家のご主人(奥さん)病気なんですって。

 でね、いちいちその話をしてくるんだけど、

 どうしてほしいのかしらね。

 聞かされてるこっちの身にもなってほしいわーーーー。』、

『ほんとよね。いくら大変って言っても、

 もっと周囲に配慮してほしいわ。』

等と悪口を言うのだろう。

 

 

そうなった時、その目の前の人間に過去の自分が見え、

それ以来、誰にも相談できなくなり、一人で対応するしかなくなるんだ。

 

 

子供の頃から病気がちで嫌だったが、

一つだけいいことがある。

 

それは、このようなことを人より先に気がつくことが出来たため、

この件では、人に暴言を吐くことはしたことがない。

 

だから、こんなごみ人間の私にも友人知人がいる。

 

私のような面倒なゴミに優しくしてくれる人と

そうではない人の違い。

色々発言や行動で試したが、

やっぱりクズ男は、『私をゴミとみなし適当な扱いをしてもかまわない。』

と思うようなダメ人間だった。

 

あらためて思うが、私と関わり続けてくれている友人知人に

ほんとに感謝する。

あれだけ日本全国の人間がめんどくさいと思うようなことを

10年以上嫌がらずに仲良くしてくれて、大切にしてくれた。

 

逆に、あの人たちが私のような立場になった時、

私は同じことが出来るんだろうか。

 

そう考えると、あの人たちの人への理解力、対応力、共感力、

全てがすごいと心から思うし、

やっぱりクズ男はクズとしか思えない。

 

自分から言い寄ってきておいて、数か月で根をあげたクズ男。

笑えるけど、もしかしたら、私もそうなるのか。。。。

 

 

いや、私を大切にしてくれた友人知人がどんな状態になっても、

体の痛みに耐えきれず、獣と化しても、

痴呆症になり、奇声を発し奇行に走っても、

離れることはなく、嫌うこともなく、『友だち』でい続けよう。

 

絶対に、『早く死ね』とか、『死んでくれて安心』等と

思わないようにしよう。

 

そのためには、私自身がもっと対応力をつけなければならない。

考えてみれば、私はずっとみてもらうほうで、

みる人になったことがない気がする。

 

だから、弱い人への対応の仕方が下手だ。

自分の対応力の低さは、あの会社でも感じた。

 

 

こうしたらいいのかなと思っても、

その行動は、意図しない方向に理解された。

クズ男に相談したところで、『うわーー』と非難されるだけ。

 

対応力の高い友人知人に相談すると、

『○○をすると、人は○○してくるから、それは言わなくてよかったよ。

 今後は、そういうことは言わない。

 ○○をする人言う人には関わらないとした方がいいよ。』

等と適切なアドバイスをくれた。

 

クズ男とは大違いの対応。

さすが、優秀な方々は違う。

 

『皆が言っているから。』と調子に乗って弱い者を非難しているうちは、

『誰よりも優秀で問題解決能力の高い人間』にはなれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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