人の趣味を馬鹿にする人の心理ってなんなんだ?????

 

たまに、人の趣味をバカにする人がいるけれど、

あのブラック企業はほとんどの人がそうだった。

 

 

誰でも自分が大切にしていること、

好きな物を否定されたり、馬鹿にされるのは嫌いだ。

 

だから、そのことを理解認識している人はしないだろう。

 

あのブラック企業にいると、

Aさんにだけ話したことが他の人にも伝わる。

 

会話をする時は、目の前の人間だけではなく、

常にその他大勢を意識して話をしないといけない。

 

そのため、適当なことばかり言っていた。

好きでもないことを好きだと言っていた。

『無趣味だ』と言えば、

『えぇ、何も好きな物ないの!??』等とこバカにされる。

 

何か言えば言ったで、『どうしてそれが好きなの?』

とまた馬鹿にした表情をして言ってくる。

 

めんどくさい。

とにかく、めんどくさい。

 

人と会話をすることに、こんなに苦痛を感じたのは始めてだった。

何も話したくない。

自分のことは何も言いたくない。

 

とにかく嫌で、適当に話をするようになった。

何か聞かれても言われても、

『あぁ、そうなんですか。』、『そうですね』と

肯定も否定もしない、どうでもいい態度を取るようになった。

 

すると、ある人が、『なに、えっらそうーに』と

聞こえるように悪口を言ってきた。

 

別に偉そうにしているつもりもないし、

皆を馬鹿にしているわけでもない。

 

ただ、疲れただけだ。

めんどくさいと思っただけだ。

 

誰が何をしてようと、何をしていようとどうでもいいじゃない。

誰かを馬鹿にして、誰かをダメ人間に仕立て上げても、

自分の能力があがるわけじゃない、

自分の幸福度があがるわけじゃない。

何も変わらない。

 

ただ、性格が悪くなっていくだけだ。

 

あのブラック企業にいて、

私はどんどん性格が悪くなっていった。

どんどん心に闇を抱えるようになっていった。

 

だから、なるべく人を否定する人、

人の不幸話が好きな人とは関わりたくないと思っていた。

 

そんな人間関係に疲れきっていた時、

クズ男に

『これを機会に仲良くなりましょう。』、

『もっと甘えていいよ、もっと頼って。』と言われたのだ。

 

うんざりしているときに、何度も執拗に関わることを求められ、

何度『不要だ』と断っても懲りずに

『俺は断られても平気だから、何度も言うし誘うよ。』、

『イヤなら嫌って言ってくれていいよ。

 良いって言ってもらえるまで言うから。』

と言っていた。

 

『自分がどう思うか。』

これは確かに大切なことだけど、

相手に嫌な思いをさせたり、不快にさせたり

傷つけたりしてまで貫き通すことじゃない。

 

クズ男に、

『相手が嫌がってたら、自分が良くてもやめるべきじゃない。』

と言っても当たり前だが、やめない。

 

『私は、この会社の人たちと色々あって、

 人間関係に疲れてるの。

 

 自分の考え方、価値観とか、

 とにかく否定されるのは嫌。

 

 今まで当たり前と思っていたことが、

 この会社では通用しない。

 通常、ハラスメントなどになるようなことでも

 この会社の人は平気でする。

 『そういうことをしたらダメだ。』と言う話をすると、

 『偉そうに』とか『なにそれ、聞いたことがない』等と言うし。

 

 この会社に入ってきた人が、この会社の異常さを感じて

 早い人だと半月ともたず辞めるでしょ。

 やっぱり、この会社おかしいんだよ。

 

 もし、クズ男がそういうことをするなら関わらないでほしい。』

と私が言ったとき、

 

『え?この会社ってそんなに変かな?』とクズ男が言った。

 

『おかしいと思ったことないの?』と私が聞くと、

 

『うーん、この会社のことを変とか言ってる人いるけど、

 でもさ、そんなに変なの?

 変って言っている人の方が変だと思うし、

 気にしている人が悪いと思うけど。』

とクズ男が言ったのだ。

 

クズ男の回答を聞いて、驚いた。

心底驚いた。

さすが、第三者機関に訴えを起こすようなまずい話も、

『ただのおばさん同士のいざこざ』で片づけた人だ。

 

例え弁護士になれても、

『2・3流大学卒、20年近くの司法浪人生、

 さらに、常識がない。』

こんな人間を雇う企業・事務所はあるのか?

 

『一流大学卒、司法試験1発合格のエリート弁護士ですら

 就職が難しい』と言われているらしいのに、

 

クズ男のような経歴の人間が、弁護士としてやってけるのか。。。

 

ま、やっていけなくても

クズ男が路頭に迷っても私には関係ない。

どうでもいいから助けない。

 

もし、クズ男がすごいいい人だったら、

クズ男が弁護士になった後、就職に困っていたら、

友人知人に色々聞き、なんとか就職先を探す手助けをしたろうが、

こんなやつ、どうでもいいから助けない。

 

『あの時はごめんね。受験ノイローゼだったんだ。』

と言われても許さない。

2014年と同様、

『そう、大変だったのね。』と優しいふりして

優しい言葉をかけて、適当に対応するだけだ。

 

クズ男のダメっぷりに驚きながら、

 

『そう思うんだ。

 うんとね、そういう考え方の人は、ごめん、私は無理。

 

 あの会社の感覚を普通と思ってるクズ男と私は

 絶対に合わないと思うよ。』

と私が言うと、

 

『そういうさ、自分の考えだけで判断するのってどうなの?』、

『でもさ、ほんとに嫌なこととかあるなら言って。

 直すから。』とクズ男が食い下がる。

 

自分の考えだけでって、、、

それは私に言う前に、まず自分に言ってよ。と思い、

色々言うが、全く折れない。

 

私は病気のせいで禁止事項が多いため、

自分にあれダメこれダメ、こうしろああしろと言う人が

とにかく苦手になった。

元々出来ることが少ないのに、

クズ男みたいな人間といると、ますますやれることが

制限される。

 

クズ男は、私から幸せを取るつもりか。

少ない『やっていいこと、出来ること』を奪って何がしたいんだ!?

私の心を殺す気か!???

 

何度断っても、嫌がっても、

ピアノを弾くだけにして、それ以上関わるのをやめようとはしない。

 

あまりのしつこさにびっくりした。

 

クズ男が弁護士になれたとき、

トーカーやセクハラで悩んでいる人の弁護人になった時、

どうするんだろう????

 

もしクズ男が被害者弁護なら、それこそ、加害者の弁護士に

『あなたも過去、会社でハラスメント行為を散々していた人だと聞いてますよ。』

等と責められるんじゃないのか?

 

絶対に何があってもクズ男に弁護は頼まないと思ったが、

それと、人間として関わるのも嫌だと思った。

 

クズ男は結局、私の嫌いな『他人を否定して

努力なくして楽して簡単に、自分がすごい人になりたい人』だった。

 

『何が好きなの?』と聞かれ、

『この曲良いよね。』、『この映画が好き。』等と言ったが、

 

『え?こんなののどこがいいの?』、

『なんでこんなのが好きなの?』と言う。

 

やっぱりね、否定する人だよね。

ちなみに、クズ男の好きだと思ってる物って、

そんなにすごいものなのかよ(怒)と怒りたくなるが、

そういうことも出来れば言いたくない。

 

ドラマ、映画、小説、曲、絵画等々、

色々な物があるが、

それらを作っているのは人だ。

 

クズ男は私が好きだと言っている物を否定し馬鹿にしているけど、

それを作っているのは私じゃない。

 

私を馬鹿にし否定することで、

それらを作っている人もまとめてバカにしている。

 

私が好きな物は、私だけが好きなわけじゃない。

その他大勢、好きな人は多々いる。

 

その人たちだって、まとめてバカにすることになる。

 

こうやって、解釈の枠を広げると、

日常会話がしずらくなるし、

『こいつめんどくさい』と言われることになるから、

本来、こんな考え方はしたくないけれど、

 

クズ男と話をしていると、

『人とは。。。』というところから考えざるを得なくなる。

 

 

日本語が片言の外国人と日本語を使って話しているときの気分だ。

 

日本語の理解の少ない外国人に、

簡単な言葉を使ってこのことを説明するにはどうしたらいいんだろう

と頭を悩ませてる時と同じような感覚だ。

 

話しの通じない、異星人、異世界の人と話している気分だった。

 

自分の価値観でしか他人を理解出来ない人と話していると疲れる。

 

通常は、

『この人はこういう人なんだ。深く関わらないようにしよう』

とさければいいが、

 

クズ男のように、

『俺は皆に好かれていて、俺のすることは全ての人が認めてる。』、

『だから、俺が良いと思ったもの以外はダメなんだ。』

と言い、人に迫ってくる人間は避けるのが難しい。

 

相手に嫌われて、離れていってもらうしかない。

 

だから、『私はダメ人間で、嫌われ者だから。』

と何度もクズ男に言った。

 

でも、そういうことを言ってもクズ男は離れず、

どんどん侮辱し見下し、ゴミのように扱ってくるため、

2014年の後半は苦痛でしかなかった。

 

人を見下して侮辱する人間。

これが『誰よりも正しい人間』のすることなのか?

 

あの会社を辞めて数年経つが、

普通の人間とだけ関わるようになったら、

クズ男の異常性をより感じるようになった。

 

『俺は先生と呼ばれてるんだよ。』と言っていたけど、

あんなところで『先生』と呼ばれることに何の意味があるんだろう。

 

『先生』と呼ばれる職に就いている友人知人は

プライベートで『先生』と呼ばれることを異常に嫌うし、

自分が何の職に就いているのか隠す。

 

人が勝手に、その人たちの身分を明かすことも異常に嫌い、

そのように勝手に話をする人間とは絶対に関わらない。

 

だから、クズ男が、『先生』と呼ばれる職に就いてもいないのに

『先生』と呼ばれることを誇らしげに言っているのが、

滑稽で仕方がない。

 

その滑稽さにクズ男が気がつくことはあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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