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正論だけの人間から学ぶことは何もない

 

クズ男と話をしていて、いつも教科書通り。

人と話している感じがしない。

教科書を読んでいるような奇妙な感覚にとらわれる。

 

ある時、

『それは、分かってるよ、それは正論でしょと言って、

 そうじゃなくて。。。等と反論する人をどう思う?』

とクズ男に聞いたことがあった。

 

すると、

『正論って書いて字のごとく、正しく論じるんだし、

 分かってるならやれよと思う。』

と恐ろしいくらいのドヤ顔で言ってきた。

 

あまりの予想通りの答えに寒気がした。

それと同時に、正論が大人の世界で通用していると思っているなんて、

やっぱりこの人終わってると、得体のしれないおかしさがこみあげてきて、

思いっきり笑ってしまった。

 

笑ったまま、

『そうだよね。正しいと分かってるならやれよって感じだよね。』

と私が言うと、

 

『ほんとにそう。この会社の人も他拠点の人も

 クズ男の言っていることは正論だよ。

 そうじゃなくてさ等と言い返してくるんだけど、

 すごく腹が立つんだよね。

 分かってるならグダグダ言い訳せずやればいいのに、

 時間の無駄なんだよ。』

と、さらに偉そうにクズ男が言う。

 

いやいや、時間を無駄にしているのは皆さんではなく、

お前だよ、クズ男と思うと、もう笑いが止まらない。

 

私は呆れて笑っているのだが、

クズ男は、『俺すごいと思われてる。俺すごいだろ!』

と思ったようで、この上ない得意満面で言っていて。。。

ほんとに滑稽で笑える。

 

 

正論と言われるものは、あくまでも基本となるもので、

全てを網羅している物ではない。

 

経験するうちに、その正論を自分なりに変えていく。

目の前にいる人に合わせて変えていく。

そうやって、様々な対応を覚えていく。

 

クズ男に、

『あなたの言っている○○は正しいんだけど、でもね。。。』

と言うと、『でも』の先を言わせず、

 

クズ男 : 『今、○○は正しいって言ったよね。』

私   : 『うん、言ったよ。でもね、それだけじゃないの。

       こういうのはね。』

クズ男 : 『でもじゃなくてさ、正しいって言ったよね?』

私   : 『言ったけど、それだけじゃないんだよ。でね。。。』

 

この後は、『でも』、『でね』の後の説明をさえぎり、

『今、俺が言ったことは正しいと言ったよね。』と駄々をこねだす。

 

こうなると、もう話が進まない。

 

一生このままバカやってればいい。

私が損をするわけじゃないから、どうでもいい。

 

何にたいしてもそうだが、クズ男は全て正論で片づける。

 

正論はまさに、書いて字のごとく正しい。

けれど、それだけじゃダメだ。

 

例えば、数学には公式がある。

正論で言えば、教科書に書いてある公式を使って問題を解くべきであって、

それ以外の方法はない。

 

けれど、自分なりの公式を作れば、

基本となる公式を使えば、10行ほどかかる計算も、

2・3行で済むこともある。

 

これをクズ男みたいなタイプに教える時、

『クズ男のしている通り、教科書に載っている公式を使って計算すれば、

 確かに正しい答えは出るよ。でもね。。。』、

 

『今、この公式を使うのは正しいと言ったよね。でもって何?』、

『正しいと言ったくせに、なんなの!?????』

と怒っていれば、数学の問題を解く時間は短く出来ない。

そうなると、模試でトップの受験生とかなり差が出る。

 

この時、『でも』の後をきちんと聞ける人は、

短時間で解ける方法を知り、受験を勝ち抜くことが出来る。

 

人生にとって必要なことだってそうだ。

『でも』の後を聞かない愚かな行為は、クズ男みたいになる。

 

クズ男が司法予備試験に落ち続ける理由は、

この、『正論万歳』のせいだろう。

 

正論は正しい。正論を『これは間違っていて。。。』という言葉から

説明することは難しい。

それに、『正論万歳』の人に、いくら、

『正論だけではダメなんだ。』と話したところで、相手は聞く耳を持たない。

 

クズ男のように、

『それ、絶対なの!?あなたが言ったことがほんとに正しいの!???』

等と詰め寄られたら、それ以上、人は何も言わなくなる。

 

『絶対か』と言われたら、それは分からない。

たくさんの価値観が存在する以上、正しいと思うことは千差万別。

『絶対』等と言いきれることは多くない。

 

 

でも、人はある程度の年齢になり、ある程度の経験をすれば、

この『絶対』等と言いきれることは多くない。』という部分を

暗黙の了解とし、なんとなくで話をすることが出来る。

 

その辺の感覚が養われていないクズ男には、

当分、分からないとは思うが、『正論だから正しい。』を

ある一定の年齢を超えた今でも平気で言うなんて、

クズ男はどれだけ多くの学ぶ機会を、自ら放棄してきたのだろう。

 

『食べ物を残すな。』というのも、正論だけど、

それが出来ない人もいる。

 

『血圧・血糖が上がるから、麺だけ食べる。スープは残す。』という人に、

『スープも飲み干せ。』と強要するのか?

血圧が上がって倒れたり、最悪死んだら?どう責任を取るんだ?

 

『全部食べると吐いてしまう。』と言っている人に、

『食べ物を残すな。』と言って全部食べさせるのか?

 

こんなことをクズ男に言っても、『あなたは話を飛躍させ過ぎ。』

等と笑い飛ばすだろう。

 

私からすれば、クズ男は他人の危ないところを見ていなさすぎ。

意外なことで、命が簡単に消えることを知らなさすぎ。

 

実際に、小学校でそばアレルギーの児童に教師がそばを食べることを強要し、

その児童を死なせてしまったことがあった。

 

『問題は起きたら解決すればいい。』と偉そうに言っていたクズ男。

人は死んだら生き返らせることはできないよ。

まさか、復活の呪文が使えるとか本気で思ってないよね?

 

『危機管理って何(笑)あなたからしか聞いたことない。』

と私を馬鹿にして言っていたけど、

だから私の体調が悪くなるのもただ見て放置したのか?

で、責任も取らずに逃げたのか?

 

人は、『○○をしたらダメになる。失敗をする。』と考え、

失敗をしないようにすることが出来るはずなんだよ。

 

それを私からしか聞いたことがないって?

『友達も知らないと言ってた』と言っていたけど、その友達って誰?

 

 

分かっていないことが多い、知らないことが多いのに、

偉そうに人に余計な口出しをする。

それが、どんなに無責任で恐ろしいことかも知らないなんて

幼稚園児もいいところだ。

 

そもそも、正論で言えば、今クズ男がしていることは間違えていると思う。

 

30歳を超えて、長期司法浪人生だなんて、正論が許すはずがない。

国が、司法試験に回数制限を設けた時点で、

10年以上の長期浪人は許されないだろう。

 

クズ男のことだから、『司法予備試験は回数制限なしだからやっていいんだ。』

と言うだろうけれど、回数制限をかけた理由を有識者から聞いた後では、

クズ男の言うことは正論ではなく、ただの屁理屈だ。

 

 クズ男に聞きたくても、聞けなかった質問。

正論が絶対ならば、長期浪人はやめないといけないのではないのか?

 

 

クズ男は 日本国憲法で定められている、

納税の義務』、『勤労の義務』を完ぺきにはたしていないのではないのか?

 

霞が関のお役所さんでは、毎年、30代男性が日本国に何人いて、

税収はいくら見込めて等と計算している人がいると聞く。

 

バイトをして、消費税、所得税地方税等様々な税金を

クズ男が払っているとしても、

霞が関の役人が計算しているのは、あくまでも平均値のはずだから、

クズ男の納税額は、全く足りていないはずだ。

 

日本人の30代男性の平均年収は、400万円~500万円程なようだ。

クズ男は、バイトで週3・4日5・6時間勤務だから。。。

30代男性の平均年収なんて、全くクリアしていない。

 

もちろん、所得税もなにもかも、平均値以下の納税額。

国の期待値で考えれば、クズ男の達成率はおそらく20%くらいだろう。

 

いつまで教育の義務だけしっかり果たす気なんだか。。。。

 

クズ男は国にとってもお荷物。

私と一緒で、お荷物。

 

お荷物がお荷物に説教・教える・注意する。

しかも、『あなたの人生を良いように導いてあげます。』って(笑)

 

もう笑うしかない。

 

クズ男の正論で言うならば、私もクズ男も許されない生き方だ。

 

客観的に見ると、私とクズ男のしていることは

とんでもなく滑稽だ。

 

ゴミがゴミに何か言ってる。

お荷物がお荷物に何か言ってる。

 

クズ男といると、自分がとんでもなくみじめでどうしようもない存在だと

普段以上に感じて、気分が悪くなることが多々あったが、

やっぱり、こういうゴミ同士感覚があったからだろう。