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「俺、食事残すの嫌いだから。』

 

食事を残すということで、これまでうるさく言われた記憶があまりない。

 

小学生の頃、学校で給食を全部食べ終わるまで食べさせる教師がいたが、

それ以外で、全部食べることを強要されたことはない。

 

あの時の教師にも疑問を感じるが、

あの当時、あまり食べれなかった私は、『少しにしてください。』

と給食当番と呼ばれる配膳係に頼むと、

『少しとは何事だ!』と教師が怒り、普通より大目に盛り付ける。

 

もちろん、残せば怒るし、食べ終わるまで席を立つことはできない。

掃除の時間に突入し、埃がたつ中で食べさせられたこともある。

衛生上よくないと思うし、

無理やり食べさせることに一体何の意味があったのだろう。

 

私の学生時代は、『あれは何のためにやっていたんだ?』

と思うことが多いが、この給食残すな問題もその一つ。

 

無理に食べるため、午後は体調が悪くなる。

家に帰り、腹痛と戦い、吐いて寝て。。。

 

心底給食が嫌いになった。

 

そして、また不思議なのが、中学で給食を残しても何も言われないし、

高校はお弁当だったため残すのも自由。

ほんとに意味が分からない。

 

 

ネットで『食べ物 残す』等と検索すると、

『残すのOK派』と『残すのNG派』がいる。

 

どちらの言い分も読んでいて納得できる。

『残すのNG派』の意見も分かる。

 

多くの人の意見を読んで思ったのだが、

これは、色々な人がいて、全ての人に合わせることは出来ない。

だから、一緒に食事に行く人がどうなのか、

一緒に食事をする人と意見を合わせる、譲歩するしかないと思った。

 

だが、クズ男は、自分の意見が絶対だから私の意見は聞かない。

 

私はある時期から結構食べれるようになったので、

一人前は食べることはできるのだが、

クズ男のあの気持ち悪い食べ方を見ていると食欲が失せるため、

クズ男と食事に行くと、残すことが多かった。

 

クズ男は誰からも注意も教えも一切ない、というだけあって、

食べ方は汚いし、咀嚼中の顔がどうしようもなく気持ち悪いのだ。

 

人間の食べる顔って、こんなに気持ち悪いのか?

もしかして、私もこんな顔をして食べてるのか?

私も周囲を不快にさせているのか?等と気になり、食欲が失せる。

 

ある時、

『店に行く前に言っておくけど、俺、食べ物残す人嫌いだから残さないで。

 俺の母親も残すんだけど、説教するんだよ。

 あれも食べたい、これも食べたいって、食べきれないくせに

 頼むだけ頼む。

 そういうの俺嫌いだから、絶対に残さないでね。』

とクズ男が、いつも通り私を馬鹿にして見下した顔をして言ってきた。

 

私は、お前みたいに自分の価値観を人に押しつけて偉ぶってるやつが

大っ嫌いだよ。

 

どうせ、また誰かにほめられたんだろう?

 

『たくさん食べて偉いね。』、『全部残さず食べて偉いね。』

とでも言われたのだろう。

これくらいでいい気になるなんて、幼稚園児並みの感覚についていけない。

 

私は子供の頃も入院ばかりしていたので、

今病院で出されている以上に、まずい病院食を食べていた。

 

手術後は、白湯に米物が数個入っているような物しか

食べれなかった時もある。

 

子供の頃は、『食べると吐く』くらいに思っていたため、

食事をするのはあまり好きではなかった。

 

ただ、大人になり、ある程度食べれるようになってからは、

人生の食事回数に決まりがあることに気がつき、

残りの人生は、なるだけ自分が食べたい物を食べたいと思うようになった。

 

クズ男の母親と言えば、もういい歳のはずだ。

後何年寿命が残っていて、後何回食事が出来るか不明だが、

そう残っていないであろう食事くらい、

好きに食べさせてあげればいいのにと思う。

 

そもそも、死ぬ前に人は病気になり、食事制限もかかる。

そのうち食事も出来なくなり、

管で巻かれ、チューブから送られる水分から

必要な栄養を取るようなことにもなる。

 

私と同じ病気の人で、通常の食事が出来ない人がいる。

食事は缶詰。1日飲んでいい水分量は500ml。

ペットボトルのあの500ml分しか飲んではいけない。

 

薬を飲むのも、のどが渇いた時も、その人は、それしか飲んではいけない。

だから、毎日ペットボトル(500ml)を持ち歩いている。

1週間に1度人工透析をする。

人工透析のために腕に太い血管のようなものを手術している。

 

『この管の手術を数か月に1度、メンテナンスのためにしないといけない。

 これじゃあ、人造人間みたいでしょ。

 

 食べたい物も食べられず、缶詰なんて、犬猫じゃあるまいし。

 旅行に行ったって何も楽しいことはない。

 なんのために生きているのか分からない。』とその人は言っていた。

 

私も若かったため、

『景色を楽しむとか、一緒に言った人と会話を楽しむとか、

 楽しみ方は色々あるじゃないですか。』等と言ってしまい

相手にいやな思いをさせたことがある。

 

その人を励ましたい一心だったのだが、

『あんたは気楽でいいね。』と言われた。

 

健康な人と比べれば、私はだいぶ制限がかかってて

お気楽な人生を歩めるような状態ではないのだが、

病人にも上には上がいて、私なんてまだまだひよっこだ。

 

ああいう場合は、黙ってその人の愚痴を聞いているのがいいのだと

その人との会話の失敗から学んだ。

そして、食が人間に与える影響も知った。

 

毎日普通に食べれる人からすると、

想像もつかない苦痛が、こういう人たちにはある。

 

 

『食べ物は大切に。残さず全て食べるのがいい。』

これは、正論だ。正解だと思う。

 

でも、こういう人たちを知った後は、

『食べ物は大切に。残さず全て食べるのがいい。』、

『頼み過ぎるやつはバカだ。』等とは思わない。

もともと、私は残すのOK派なのだが。

 

食事制限がかかった時、食べれなくなった時、きっと後悔する。

 

親が、『○○が食べたい。』と病床で言ったら、

誰だって食べさせたいと思うはずだ。

 

たまに、『先生、最後にこれ食べさせてあげたいんです。』

と懇願している患者の家族がいるが、もちろん、

『食べさせたら死にますよ。』と医者に言われる。

 

人は出来なくなってから、そのありがたみを知る。

それを自由に出来ることの幸せを知る。

 

病気になって食べれなくなってから、『食べさせてあげたかった。』

等と泣くくらいなら、普段から食べさせておけばいい。

自分も食べておけばいい。

 

クズ男にはこの話はどうしてもする気にならなかった。

ただの意地悪心からだ。

クズ男と関わるようになってから持った真っ黒い心が、

『クズ男には絶対に教えるな。』と言うから黙っていた。

 

クズ男は心がないから、親に対して、『食べさせておけばよかった。』

等と後悔しないと思うし、もししたとしても、

その気持ちで思いっきり苦しめばいい。

 

取り返しのつかない後悔、やり直しのきかない後悔、

逃げられない後悔。。。。

 

こういう後悔ほど苦しくてどうしようもない物はない。

 

私からのせめてもの仕返しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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