人を生かすも殺すも紙一重の言葉

 

私がクズ男のことを最後まで信用出来なかった理由は多々あるが、

『クズ男は、人に対して言っていい言葉と悪い言葉の区別がついていない』

 

これも、信用出来なかった理由の一つ。

 

クズ男は、

『俺は横文字は嫌い。携帯の色の名前も洒落た横文字にしていて嫌だ。』、

『一つ一つの言葉にこだわってしまう。』

等と言っていたし、メール当初は敬語を使い上品ぶっていて、

『言葉には気をつかっています』感を出していたが、

全く、そんなことはなかった。

 

でも、所詮、『上品ぶっていた』だけで、いつも違和感を感じる丁寧さ。

幼少期の頃から、上流家庭で使われている言葉に慣れ親しんでいないのは

丸わかり。

 

大学時代、クズ男の同級生に、

そういう家柄のいい人でもいたのだろうか。

おそらく真似なのだろうが、所詮真似事。

分かっている人にはばれる。

 

よく、

『出来もしないくせに出来ると言ったり、

 出来てる風を装うと、人に笑われるんだよ。』

と偉そうにクズ男は言っていたが、それはお前だ。

お前にその言葉をそのままお返ししよう。

 

所詮下流育ちの人間が、いくら上流の人間の真似をしても

ばれるんだよ。

どこでばれるのかは、クズ男には絶対に教える気もなかったし、

上流ぶっている姿は滑稽だったので、黙って見ては心の中で笑っていた。

 

言い訳だが、普段の私は人を育ちなどで区別して笑ったりしない。

クズ男といると、自分がしたくない、なりたくないと思う人間になる。

人間には、善と悪の2つが常にあるが、

クズ男といると、私は常に自分の中の悪を刺激され、

とことんどうしようもないろくでなしのごみ人間になる。

 

私がクズ男といることを苦痛に感じる理由の一つがこれだ。

あの、ゴミのような黒ずんだ心を自分の中に持っているのが

どうしようもなく耐えがたかった。

 

これを、『責任転嫁』と言う人もいるのだろうが、

私はそうは思わない。

なるだけ自分の中の善だけで対応できる人と関わる権利だって

人にはあるはずだ。

『仲良くする人は選びなさい』というのは、

『自分の中の悪を封じ、善を出してくれる人と関わりなさい。』

ということだと思っている。

 

 

くず男の『言葉にこだわる』というのは、

 『弁護士の武器は言葉。弁護士は言葉で戦う。』

と知人の弁護士から聞いていたので、

それで、弁護士を目指しているクズ男もそういう訓練をしているんだろう

と思っていたが、これまたぶってるだけ、なりきってるだけで

全く身についていない。

 

腹の立つムカつく人間に、『お前はバカだ』と言われれば、

どうしようもなく腹が立ち、人によっては相手を殴るかもしれない。

 

けれど、お互いに好意を持っていて、信用している者同士なら、

『お前はバカだ』と言われても、少々ケンカする程度で終わるだろう。

 

ところが、クズ男はこういう人間の基本となる部分の理解が全くない。

 

『浅い関係のうちに、他人に色々言ったり、

 その人の心の中まで知ろうとするのは良くないよ。』

と私が言ったところ、

 

『あなたはそうかもしれないけど、俺は許されているから。

 俺はね、皆の全てを聞いていいんだよ。

 俺のすることは人に良いようにしかならないし、

 皆が認めているから、俺は何をしても許されるんだ。』

とクズ男は偉そうに言っていた。

 

クズ男がこの発言をするたびに、恐ろしくて鳥肌が立ったが、

今思い出しても、病的で怖い。

 

正直、これが、私の嘘・妄想であったならどんなにいいかと思う。

 

こんなことを本気で思い、人にたいして平気で言う人間なんて、

恐ろしくて仕方がない。

 

怖がりながらとは言え、私もよく1年間もクズ男の相手をしていられたと

今になって、当時の自分の危なさに驚く。

 

私は自分というものがないし、馬鹿にされても嫌われても傷つかないため、

相手の思う自分を演じる。

 

『あなたはいい人』と言われれば、その人が思う『いい人』を一生懸命演じるし、

『あなたは嘘つき・妄想癖』と言われれば、おかしなことを言う。

 

『お前は仕事が出来ない。』と言われらば、その通り手を抜き出す。

普通ならちゃんとやるはずだが、こういうことを言う人間は

ちゃんとやったところで、重箱の隅をつつくような注意をしてくるから

どんどんやる気がなくなる。

だから、相手のお望み通りの『仕事の出来ないバカ人間』を演じる。

 

このような、人として壊れている部分が自分にあることを10代の頃から

気がついていたので、私はなるだけ自分を悪く言う人間とは

関りを持ちたくない。

 

『けなされたくない』、『ばかにされたくない』なんて気持ちからではない。

 

もともと私は何のとりえもないどうしようもない人間なのに、

私に悪い言葉をかける人間といると、

自分がどんどんダメになっていくからだ。

 

だから、私はモラハラ人間が嫌いだ。

だから、私はモラハラ人間であるクズ男とはピアノ以外のことで

関わりたくなかった。

 

モラハラ人間は私のようなダメな人間が大好物だ。

 

『お前はバカだ。』、『出来が悪い。』等と言い続け、

自信ややる気を全て奪い取り、支配する。

彼らが発する独特の重しのような雰囲気や重苦しさを

私はかぎ分けることが出来るので、

クズ男とメールをした時、『失敗した』とほんとに後悔した。

 

言葉で人を制圧し殺し支配する人間と言うのは独特で、

あの支配的な言葉回しが、私はとにかく苦手だ。

 

人はある一定の歳になると、

どんなに良好な関係でも言ってはいけない言葉があることを知る。

 

『信用されるのは膨大な時間がかかるけれど、

 信用を失うのは一瞬だ。』

『どんなに仲のいい人でも言ってはいけない言葉がある。』

 

これは、誰かが教えてくれるのか、

自身の経験から学ぶのか、それは人それぞれだが、

クズ男にはこれらの学びが全くない。

 

『俺は何をしても許される。』という考えがあるから、

何かを学ぼうとしないのだ。

 

だから、クズ男の思考は幼稚園児止まりだ。

 

ただ、不思議なのが、クズ男は言いたい放題なのに

クズ男に対して人が何かを言うと、

『それ言ったら、その関係は終わりだよ。』

と言うのだ。

 

理解不能。

 

なぜ、クズ男は何を言っても許されるのに、

我々には制限を設けるのだろう。

 

それも、やはりあの病気特有な感じがするが、

やはりクズ男はそうなのか。。。。

 

いずれにせよ、あの調子では、人から信用を得るなんてことは難しいだろう。

 

20代までは、『まだ若いから仕方がない。』ですんでいたことも、

30代を越えれば、『あのおじさん、いい歳しておかしなことを言っている。』

に変わってしまう。

 

そういう変化があることも、おそらく、

『それは、あなたたちだからでしょ。俺は違う。

 俺は何をしても許されるから、

 何歳になっても大丈夫なんだ。』等と言うのだろう。

 

そう言っているうちは、、、、、

 

クズ男の人生が良くなることは望まないため、

性格改善しろなんて少しも思わないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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