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俺のことを信用して

 

メールをはじめて間もない頃から、

『俺のことを信用して』とクズ男にしつこく言われた。

 

ほぼ初対面のような状態で、そんなことを言う人に

そうそう出会わないので、違和感でいっぱいだった。

 

『何をもってして信用しろと言ってるんだ?』

と疑問に感じた。

 

クズ男にも、『いや、、、』と返答に困っていたが、

その度に、『あなたは警戒心が強いんだね。』と言われた。

 

そういえば、ナル男とも同様のやり取りをした気がする。

『俺のことを信用して。』、『うーん。。。』、

『警戒心が強いんだね(笑)』

 

これって、『警戒心が強い』のではなく、

そもそも、『信用する』という行為を他人に強要することが

おかしいのではないか。

 

『信用』というのは、いつ、どれくらい、何かあってという

絶対的な定義がない。

1か月で信用することもあるだろう。

でも、長年知っている仲でも信用出来ない場合もある。

 

そして、その信用するか信用しないかを決めるのは、

本人だけのはずだ。

 

まれに、『あの人いい人だよ。仲良くしてあげてよ。信用してあげてよ。』

と強要する人間もいるが、やはりどうするか決めるのは本人だ。

 

もちろん、自分が好きで良いと思う人は、

他の人にも同様に思ってほしい。

自分が大切に思っている人を悪く言われると、

自分も合わせて否定されているようで、不快に感じるのも分かる。

 

けれど、もしその人を強要したとき、

何かあった時、責任が取れるのか。

もちろん、責任なんて取れるわけがない。

だから、人に押しつけないほうがいいのだ。

 

若い時にやりがちなこの行為だけれど、

大人になっても、その危なさに気がつかずやり続ける人がいる。

 

クズ男やナル男に感じていた違和感は、

やはり、その歳に合わない幼稚性のせいだったのだろう。

 

『俺は皆に好かれている。』、『皆に信用されている。』

と言われても、クズ男は会社でも危険視されていて、

『クズ男と関わるな。』と言われていたのだ。

ただ、それをクズ男本人が知らないだけで。

 

私はクズ男ではないので、クズ男のほんとの評価を知ることができる。

 

どんなにクズ男が必死に『俺のことを信用して』と言ってきても、

何をもってして信用すればいいのか分からなかった。

 

『皆が俺を信用しているから』と必死に言っていたが、

その『皆』が実は、クズ男を否定しているのだから、

信用する証拠にはならない。

 

それに、もし会社の人間全てがクズ男を信用していたとしても、

私が『信用できない。』と思えばそれでいいのだ。

やはり、他人が強要することではない。

 

クズ男の頭の悪さは、こういうところにもある。

 

人は常に、『主観的評価』と『客観的評価』の2つの評価がある。

 

クズ男は、いつも主観的評価を他人におしつけ、

『自分が思う自分のまま理解してほしい。』と強要してくるが、

どんなにそんなことをお願いしても、

主観的評価と客観的評価がイコールになることはない。

 

だだをこね、人にすがりついて、自身の主観的評価を

他人に押しつけるより、2つの評価があることを知り、

どうしても、良い評価をえたいのならば、自分を改めるしかない。

 

これについて、クズ男に何度も話したが、

『俺は皆に。。。』と怒りながら

例の俺シリーズを言い返してくるので話しにならない。

 

めんどくさくなり私は黙るのだが、

その沈黙は、

『そうだわ。クズ男は皆に認められている優秀な方だった。

 愚か者の私がこんな注意するなんて、していいわけがない。

 馬鹿でゴミクズの私は黙ります。

 大変申し訳ございませんでした。』

と私が思っていると、クズ男は思っていたようだった。

 

クズ男は、何でも自分の都合の良いようにしか解釈出来ない。

その行為が、あまりにも病的すぎるので、恐怖を感じることが多々あった。

 

『信用する』ということ、『信用』がどのように発生するのか。。。

 

そもそも、信用のメカニズム自体、考え、人に教えるというのが

おかしい気がする。

 

人の行為で、言葉で教えることもあるが、

経験から学ぶこともある。

 

特に、人間関係のことや感情の絡むことは

言葉で教えることが難しい場合が多い。

 

クズ男は10代の頃、しっかり人と向き合ったことがないのだろう。

 

常に上から目線で、人の上に立ち、

王様気取りだったのだろう。

 

人がほんとに感情のおもむくままに行動するのは、遅くとも8歳くらいまで。

それ以降は、『○○をすれば取り返しがつかなくなる。』という感覚を

徐々に学ぶ。

 

ケンカなどして、謝罪をすれば元に戻るのも、

小学生が限界だろう。

中学生以上になれば、それが原因で2度と口がきけなくなったり、

『信用できないやつ。』、『ダメな奴』というレッテルをはられ、

無視されたり、いじめの原因となる場合もある。

 

 

ところが、クズ男はその辺のいじめっ子以上のパワーがあるため、

自分の言うことを聞かない人間は、ありとあらゆる手を使って

恐怖に陥れ、抵抗できない状態にする。

完全に他人を制圧し、征服し支配する。

 

ただの、恐怖政治だ。

 

こんな異常な人間関係の構築を幼いころからしていたのであれば、

通常の人間関係を築くことは出来ないだろう。

 

クズ男の手口はホントに怖い。

はじめは礼儀正しく敬語を使い、不必要に、

『せっかくお話しできるようになったのだし、

 ピアノとか関係なく今後も仲良くしてもらえたら嬉しいです。

 今後も仲良くしてください。』

と言ってくる。

こんなことを言っている時点で、ちょっと怖い。

合コンや婚活じゃあるまいし、あらためてのご挨拶って、

場合によっては不気味に感じる。

 

そして、丁寧に接されると、こちらも拒絶しずらくなる。

 

結局、『まぁ、適当にならいっか。』程度の軽い気持ちで受け入れるのだが、

クズ男にはそれが通用しない。

クズ男に『適当』という言葉はない。

常に、『クズ男様』と崇め、忠誠を誓い、

なんでも言いなりになり、奴隷化しなければならない。 

 

一度受け入れたら最後。

その後は、『好きになれ。信用しろ。』とこちらが受け入れるまで

執拗に言い続ける。

 

今までこうやって、クズ男は人間関係を構築してきたのだろう。

 

その行為がおかしいと感じる人間がいるということを

何度も話したことがあるが、

 

『あなたが言ったことがほんとに正しいの!??

 ほんとにそうなの!?絶対なんだね!???』

とクズ男はわめきたてる。

そして、

『あなたはそういうことをしたことがないの!?』、

『これが絶対に正しいということはないと言ったのは

 あなただよ!!ねぇ、絶対とか違うとかないって言ったよね!???』

等と、怒鳴り散らしわめいて論点をずらす。

 

こうなると、出口の見えない無限ループに入り、

話しは全く進まなくなる。

 

クズ男は、

『人が黙るのは、それについて語ることがないから。

 だから、黙ったら負けってことだ。』と言っていた。

 

だから、必ず自分で終わるようにしている。

 

でも、あんなバカなことを言って相手を黙らせるくらいなら、

むしろ、相手の話を聞いたふりをしてでも、

『ごめんね、不快な思いをさせて。直します。』

と言っている方がよっぽど信用できる。

 

論点をずらし、話を途切れさせる馬鹿をどうやって信用しろというのだ。

 

クズ男が司法予備試験3次に受からない理由も、

こういうところにある気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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