お世辞はほどほどに。。。。

 

その場の雰囲気を悪くしないために、

思っていもいないことを言うのは、

人なら誰でもするだろう。

というより、それが、大人のすることだ。

 

ところが、クズ男にこの感覚は一切ない。

 

『皆、表裏が激しすぎる。

 思ったことはちゃんと言わないとダメだ!

 相手によってもだいぶ態度が変わるし。

 俺は、誰に対しても同じだよ。

 皆も俺みたいになればいいのに。』

とドヤ顔で偉そうに言っていた。

 

いや、それは違うよ、ゴミクズクズ男。

なんでも言うことが正義。

誰に対しても同じ態度をとることが正義。

頭を下げず、立ち向かうことが正義。

等と思っているけれど、それは違うよ。

 

確かに子供の頃、裏表の激しい大人を見て、

『大人は変。自分はああなりたくない。』と思ったことも

あったけれど、大人になってそうする必要性を感じ、

いつの間にか、子供の頃に思ったなりたくない大人になっている。

 

でも、これが大人になるってことだ。

自分の身を守るため。

家庭を持てば、配偶者のため、子供のため

理不尽なことも引き受ける、頭を下げる。

誰か、何か大切な物が出来れば、

それらを守るために、人は理不尽なことも

受け入れなければならなくなる。

それをすることが大人だ。

それをできるのは、精神が強い人間だ。

 

 

クズ男は、『俺は誰よりも優秀』と言っているけれど、

家族のために歯を食いしばって頑張って働いている

一生懸命生きているあの会社の誰よりも、

下の救いようのない人間だ。

あの会社の人たちを馬鹿にするな!!!

『皆バカ』的見下し発言が多いため、

皆それぞれ頑張っているんだ等と色々話をした。

何度かこの話をしたけれど、一切クズ男は理解することはなかった。

 

それどころか、

『あなただけだよ、俺にそんなに色々言ってくるの。

 友達も、よくクズ男くんに注意出来るねその女って

 皆笑ってるよ(笑)』

と馬鹿にした顔をして言ってきた。

 

 

ここまでクズ男が馬鹿だと気がつかなかった2014年の1月、

 

メールをしていて、メールの堅苦しくまじめに感じるクズ男と、

会社に行くと、にらみつけてくる等の幼稚な行動を取るクズ男に

違和感を覚え、

 

『メールをしているクズ男と、会社で会うクズ男が同じ人な感じがしない。

 メールしているクズ男って、あのクズ男だよね?』

とメールをしたことがあった。

 

すると、

『じゃあ、今度食事に行きましょう。

 休憩中だと時間が短くてあまりお話しできないし。

 ピアノのことも話したいし。』

とクズ男が食事に誘ってきた。

 

正直、食事に行きたくなかった。

でも、仕事で使うピアノはきちんと対応してもらわないといけないので、

私は、仕事を依頼した相手に会うつもりで行くことにした。

 

その日、ファミリーレストランのようなところに行き

食事をしながら少々話をしたが、どうしようもないくらいつまらなかった。

 

何かの面接を受けている気分だった。

 

少しでもクズ男の思うことから外れたことを言うと、

表情が一変し、『それって。。。』と説教が始まる。

 

つまらない。

それに、クズ男は、ある脳の障害をおっている人が発する

独特の空気と同じものを発している。

 (話の持っていきかたもそうだし、空気感もおかしい。

  やっぱり、この人あれかも。。。

  怒らせるとまずいから、この人の頭の中のストーリー通りに

  動いておいた方がいい。)

と思い、主導権をクズ男に握らせ、

その日は逆らうことなく対応した。

 

食事から帰った後にしたクズ男とのメールも、

『今日は楽しかったです。』と嘘のメールをした。

 

 

 

 

 

ところが、これをクズ男は真に受けたのだ。

 

そして、私も、男性と2人で食事に行く意味を

いい歳して理解していなかったため、

この後、恐ろしい悲劇を生んでしまった。

 

場を適当にやり過ごすためにお世辞を言うことは

誰にでもあること、そう思っていたことは間違いだった。

 

きちんと精神成長をすればそうだけれど、

まれにいる、アダルトチルドレンピーターパン症候群的要素が

混ざった状態の人間に、『お世辞』、『社交辞令』なんて通用しない。

 

大人として人間関係を築く土台のない人間に、

ほめ言葉をかけることが危険だと、

20代の頃、1度ストーカーにあい、

分かっていたのにやってしまった。

 

クズ男が弁護士を目指しているということで、

『この人は大丈夫』と思ってしまったが、

なんでもそうだけれど、『○○だから、この人は大丈夫』なんてことは

世の中にはない。

 

自分の身を守るためには、

常に警戒し、人を疑っている方がいいのかもしれない。

 

もちろん、あからさまに出してしまえば

相手が気分が悪くなるので、

こんなことは密かにすることだけれど。

 

『○○だから大丈夫。』、

『お世辞、社交辞令は誰にでも通用する。』

なんて思っていてはいけないことを、

クズ男と関わることで学んだ。